考える葦

「人は考える葦(あし)である」

フランスの哲学者・物理学者・数学者・キリスト教神学者・思想家であったブレーズ・パスカルの言葉です。

自然の中では人間は矮小な存在にすぎないが、考えることによって宇宙をも超えることができるという意味の言葉です。意味までは知らなくとも、この言葉を見たことがある人は結構多いのではないでしょうか。

しかしながら、多くの人がこれを「言い得て妙なり」と実感するかというと、そうでもないだろうと思います。

想像、推理、構成など、「考える」働きは、「見ず聞かずとも理解する」ことで世界を広く深くしてくれます。それは人間にしかない能力で、人間の大きな武器となってきました。諸葛孔明が舌三寸で呉を動かして曹操に対抗させ、あるいは王朗を憤死させたという故事(創作ではあるが)などは、その力の凄まじさを示しています。

そして、ひとつ確実に言えることは、その「考える」力があれば、勉強は楽になります。とにかくたくさん問題をこなして少しずつできるようになる、よりも類似した問題の異同を見極めて結論に至る筋道を推理する方が断然時間も短くなりますし、労力も結局は少なくて済むのです。

考える葦になるのか、ただの弱い葦で終始するのか、まずはそのことをよく考えるべきではないでしょうか、私たちは人間なのですから。

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