分かるということ

人間は基本的に分かり合えません。

当たり前のことですが、

私のみている赤い色と、

あなたのみている赤い色が、

同じであるという保証はありません。

私が「いぬ」と発音したとき、

みなさんの頭の中に浮かぶ「いぬ」は、

全員異なっているでしょう。

動物の犬ですら無いこともあるでしょう。

その違いを超えたところに、

分かるということの本質はあります。

「分かった」というとき、

私とあなたは、同じものを考えているのです。

こういう話をすると、

「哲学だ」

という反応がよくあります。

そして、その次には、

「なんの役に立つのか」

となります。

「そんなことより解決法を」

「解き方を」

と要求されます。

もちろん、

テストで点数を取るためには、解決法や解き方も重要です。

それは当然のこととしてわきに置いてみてください。

すると、

本当にわかるということは何か?

という深い疑問が現れるはずです。

塾での授業で伝えるべきことではない

かもしれません。

でも、

私は伝えたいと思っています。

単なるテスト勉強を超えたところに面白さがあるからです。

自分の身勝手な経験からかもしれません。

それでも、

私は伝えたいのです。

ゆっくりとでも、確実に。

一年間を振り返って、

どれだけ深淵に近づけたかは分かりません。

少しでも何かを伝えられていたなら、

幸せだなと思います。

とりとめもない話になってしまいましたね。

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