親不孝・親孝行
アニメでも有名な一休さんのエピソードです。ある商人が、孫ができたお祝いに、何かめでたい言葉を書いて欲しいと、一休さんに頼みました。
引き受けた一休さんの書いた言葉は、「親死ぬ、子死ぬ、孫死ぬ」という言葉でした。めでたい言葉を頼んだ商人は、怒って、「死ぬとはどうゆうことだ」と一休さんに文句を言います。すると一休さんは「では、あなたは、孫死ぬ、子死ぬ、親死ぬの方がいいのですか」と聞き返したそうです。ますます怒った商人に、一休さんは続けて「親が死に、子が死に、孫が死ぬ。これほどめでたいいことがあろうか、これが逆になったらどうする」と。
私の記憶では、アニメでは正月に浮かれる世の人々に警鐘を鳴らす意味で、杖の先に骸骨をつけてそのようなことを言って回り、気でも狂ったか?と思われた。
ナレーションも「わかったかな?ちょっとむずかしかったかな?」という締めくくりでした。
病気、災害、事件、事故などで前途ある若い命が突然寸断させらされた時、私はいつもこの言葉を思い出します。
事情はそれぞれ違うのに十把一絡げに乱暴に言うな、というそしりを覚悟で、お前が言うなという批判を覚悟で言わせていただけるなら、
「親に自分の葬式を出させてはいけない」(親より早く死んではいけない)
親は一生それを背負って生きていかなければならない。
では、反対に親孝行は?どうすれば親孝行できますか?
実は、皆さんのお父さんお母さんは、皆さんにもう十分親孝行をしてもらっています。
「0歳から3歳までの天使のような可愛い時期を一緒に過ごし、親になった喜びを感じさせてあげたことで、一生分の親孝行が済んでいる」という、こどもにとってこの上ない都合の良い言い分があります。私の場合は当てはまっています。
中学校で「命の授業」「赤ちゃんふれあい教室」があり、中3家庭科では2学期末テストで、保育、幼児の遊び、おもちゃ、などがテスト範囲になっています。
しっかり勉強して、将来の子育てに活かすのはもちろん、自分がそのように大切に育ててきてもらったということのありがたさと、自分という存在の重要性を強く自覚する、きっかけになってくれればと願います。